ぷち怖い話

 唐突ですが近頃めっきり体を動かしていなかったので、私は二週間ほど前から軽く運動を始めました。
 最初は負荷の軽いジョギング(1キロ)からスタートしていき、徐々に距離を伸ばしていってようやく最近4キロ程度走れるだけの体力が戻ってきたところです。


 それで、走行距離が伸びると走る場所に困ってくるわけでして私はそれまで走っていた手狭な公園から近くの小学校の二百メートルトラックを新たなランニングコースに選んだわけです。
 もちろん夕方まで毎日大学院がありますから、それから帰って夕食の準備や洗濯などをしていると走れる余裕ができたころにはすっかりお日様が隠れています。そのため自然と私がランニングするのはお月様が朧に浮かんだ夜中になるわけです。
 時間は午後九時時半頃。
 場所は薄暗い古びた小学校。
 当然のごとくそんな時間帯に学校に近づこうとしている人間なんていません。最近は色々と物騒ですから小学校でも警備会社のおっちゃんが見回りに来ても良さそうなものですが、そんな姿も見えません。
 そんな中をひたすらに走る私。
 タッタッタ。
 タッタッタッタ。
 つま先がグラウンドの砂を蹴る規則的な音だけが聞こえ、走り続けていくとやがてそんな雑音も消えてしまい、自分が吐き出す荒い呼吸だけしか聞こえなくなります。それは疲れのためか集中が高まっているためなのか。どちらであるかは知りませんがその感覚は多くの人が理解できるでしょう。
 ハァッハッハァッ。
 ハァッハッハァッハッ。
 二百メートルトラックは前日の雨のためか少しだけぬかるんでいましたが、それでも普段と余り大差のないものでした。それまで何度も走ってきた時と同じように。だから私は何も気にすることなく両足を前へと出して体を進ませました。走りながら冷たい夜風をはらんだ空気中の酸素を吸い込み、疲れを意図的に無視してランニングを続けたわけです。
 あと四週すれば今日の日課が終わる。そんなことを考えながら。
 ハァッハッハァッ。
 ハァッハッハァッハッ。
 そして、「ソレ」が起きたのはそんな時でした。
 ハァッハッハァッ。
 ハァッハッハァッハッヒャァーッヒャハハ! 
 

 ――ぞくりっ、とその瞬間に全身の細胞が凍りつきました。
 ずっと刻まれ続けていた短調なリズムを一瞬で吹き飛ばす奇声。
 それは私が走っていたトラックの後方から何の断りもなく響き渡ってきたのです。時刻は夜中。場所も小学校。時期だけは梅雨入り前と尚早な印象を受けましたが、それでもまかり間違って「出てきた」としても何の問題もないシチュエーションです。
 心臓が筋肉にかかった負荷以外の原因で爆発的に脈拍を早めていき、すわこのままでは私は心停止を起こしてしまうんじゃないかと思った瞬間。私は意を決して後方を振り返ってみる事にしました。
 はたして鬼が出るか虎が出るか。
 そう思って私が見たものは――













 ごく普通のヤンキーでした。
 酒も飲んでないのに奇声をあげたりしてあの社会のゴミ屑どもは存在自体がうざったいなと思った一日でした。まる。
 むしろ死ね。ノーヘルでスクーターに乗っかっていきがってるんじゃねえよ。
 私のピュアな驚きを返せ。っていうか初未知との遭遇だと思ったのにっ。