うば

 なんだかちっともSS書きが進行してくれない。
 よって短編でも書いてみようかと思って、ちょこちょこやってみたけど駄目だった。


 というわけで、誰かこの短編もどきの続きを書いてください。
 ゲーム設定な火魅子伝SSのつもりで書いたんだけど、二時間しか時間かけれなかったからよく解んないですわ。


 ……端的に言ってしまえば、ただの没SSなわけですが。






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「……ん」
 くぐもった、子供の様な声が聞こえた。
 音羽は足を崩して床に座った体勢のままに下を見た。視界に納まったのは、音羽の太腿を枕にして眠りについている、あどけなさすら残る青年の横顔だった。青年の名は九峪雅比古――九洲の地に降臨した神の遣い。
 酒を飲まされすぎたためか九峪の頬は赤く火照り、少しばかり苦しそうに眉を寄せている。口はきゅっと真一文字に結ばれていて、何か苦しみに耐えているように見える。
 音羽が手を伸ばして頭を撫でると、その苦しげな表情はやや緩和した。眉間に寄っていた皺が薄れて、再び身じろぎを止めて眠りにつく。すうすうという寝息が部屋に響いた。
「この方は、まるで子供みたい」
 眠る青年を見ていた音羽は口元を緩めた。自然と、仕えるべき主に対するものではなく、守るべきものに対する温かい感情が湧き上がってくる。
 子供など持ったことはないにも関わらず、目の前の九峪を前にすると、音羽はいつも母親にでもなってしまったかのような保護欲にかられるのだった。守らなければならないと強く思う。
 ふと戯れに、音羽は固定するように腰元に回された九峪の手を包むように握った。それは少女のように柔らかかった。小さな頃から槍を振り続けてきた音羽の節くれだった堅い指先とは違って、九峪の肌は滑らかだった。傷一つ見えない。武器など手にしたこともないのは明白だった。
 きっと戦争などという野蛮な行いとは、無縁な生活を送っていたのだろうに。
 音羽は少しだけ罪悪感を感じた。人の生き死になど掃いて捨てるほどに溢れている世界で、誰か一人が死ねば悲しみに泣き、誰か一人が助かれば喜びに泣く、――そんな情けを一向に捨てきれない九峪を、過酷な戦場に立たせることに居心地の悪さを感じる。そうしてもらわなければならない自分達に不甲斐なさを感じる。そして、それ以外の方法がないことを冷静に理解し、現状に納得している自分が嫌になる。
 音羽は、空いた手を強く握り締めた。
「私達が、もう少し強かったなら、良かったのに。――運が悪かったですね、あなたも」
 呟きながら九峪の頭を撫でる。少しだけくせのある茶色の混じった黒髪を指先に絡めると、最初、眠る九峪は嫌々をするように軽く頭を振った。だが、抵抗に意味なしと悟ったのか、途中で動くのを止めてされるがままになった。再び寝息が聞こえてくる。
 太腿の上、脱力したように眠る九峪の表情は微かに笑っていた。
 拒絶されていない。それが音羽にとっては唯一の救いだった。もしも、九峪が戦場に立つことを拒めば、きっと音羽はそれを受け入れることしかできない。音羽は誰かに強制できる人間ではない。
 幼少の頃から武術という身を守る術を修めてきた音羽であっても、やはり戦場には一定の恐怖を感じる。だから戦う術すら知らなかった九峪が、命の奪い合いをする戦場に恐怖を覚えていることは間違いなかった。いつこの場所から逃げ出してもおかしくないほどには。
 だが。
 結局、九峪はただの一度も逃げ出そうとはしなかった。
 まるで関係のない九洲の人間に対して筋違いな責任感でも抱いているのか、泣き言を口にすることは多々あっても音羽たちの前から姿を消すことはなかった。それは、神の遣いであるからなのだろうか。
「……いや、違うんだろうな。それは」
 いと尊き神の遣い。
 九峪雅比古を初めて見た当時とは違って、音羽は今では九峪に対して神性をまったく感じていなかった。むしろ誰よりも人間的な感情の揺らぎを見て取った。
 泣く。笑う。喜ぶ。悲しむ。拗ねる。怒る。――まるで世の汚れた部分を知らない子供のように、九峪は様々な感情に溢れていて、純粋だった。それは音羽の目には威厳のある態度には映らなかったが、好ましいものであることは間違いなかった。
 九洲に降臨あそばれた神の遣いは、その実ただの子供のようであって。
 眠る九峪の顔を見て、音羽は口元をほころばせた。そして九峪の頬を指先でくすぐる。酒で微かに紅潮した肌は熱を持っていて、つつけば温かく気持ちが良かった。
「わたしも、酒に酔わされているのかな」
 頬に添えた指をそのまま顎先へと動かす。すべすべした肌の上で指先を滑らせ、躍らせる。九峪はむずがるように軽く首を横に振った。それが音羽には面白かった。
「ふふっ。これは普通だったら、利き腕の一つぐらいは切り落とされても文句は言えないのに」
 身分で言えば、九峪は音羽の遥か上に位置している。その相手の髪をいじくり回して、頬を突付いて遊んでいたことがばれたなら、通常はいかに功績のある武将であっても軍罰を免れることはできないだろう。
 しかし、そう頭で理解しているにも関わらず、音羽は自分の手を止めようとは思えなかった。眉根を寄せたり、気持ち良さそうに唇を緩ませたり、鬱陶しそうに首を振ったりする九峪の表情が面白くてしかたが無かった。
 くるくると髪の毛を指先に絡ませて遊ぶ。子供の頃に戻ったような気がしてきていた。
 そう言えば、槍を握る前はわたしにも少しくらいなら女の子らしいところが残っていたような気がするな。
 今では武将らしく、体格も立派過ぎるほどに育ってしまった自分のことを考えて音羽は苦笑する。確かに成長したのは良いことだったけど、これじゃあ旦那をもらうことはできそうにないかも。そう言った諦念がわき上がってこないと言えば嘘になる。
「はあ。せめて九峪様ぐらいの背丈だったら良かったのに」
 ぽんぽんと九峪の頭を軽く叩きながら呟く。
 九峪は本気で酒を飲みすぎたのか、一向に目が覚める様子がない。叩かれても、つねられても、撫でられても、呻いたりむずがったりする以上の反応を見せることはない。叩き起こしでもしなければ、朝まで起きることはないだろう。それこそ色々とやってしまっても、気がつかないかもしれない。
 音羽は九峪の頬を盛大に横に伸ばしてみた。すると、神の遣いは餅のように良く伸びる頬をもっていることが判明した。
 それでも、深い眠りは覚めない。
 音羽は九峪の鼻の穴の片側を抑えてみた。すると、ふがふがと苦しそうに九峪は口で息を始めた。
 それでも、起きる気配は存在しない。
 これは、もしかして、もう少し面白いことをやってしまっても大丈夫なのかな?
 思い立ったが吉日。音羽は酒に酔っているから不可抗力だと自分に言い聞かせながら“もう少し面白いこと”をしようとして九峪の肩を両手で掴んだ。そのまま捻るように力を加えて、膝の上を転がすことで、自分と向かい合うような仰向けの体勢にする。
 そして九峪の後頭部へと手を伸ばして、その上半身を抱え起こそうとして――、
(……あれ? この後頭部がちりちりする感触は)
 中断。
 音羽は何か凄まじい視線を不意に感じて動きを止めた。弾かれたように周囲を確認する。
 しかし、上下左右、見渡してみても目に入るのは、九峪を死ぬほど飲ませるだけ飲ませた後は満足して眠ってしまった志野の天使のような寝顔であったり、その志野に殺されるほどに飲まされた星華と亜衣と衣緒の、リアルタイムで金縛りにでも有っているかのように苦しげな寝顔ばかりだった。
 起きている者さえいないのだから、苛烈な視線を送る者などいるはずもない。
 そう思ってもう一度九峪の顔へと音羽は手を伸ばした。先ほどの続きを行おうとする。――が、今度も再び叩きつけるような視線が音羽の後頭部へと注がれた。
 一度目は勘違いということも有り得たが、それが二度続くことなどは在り得ない。いよいよ不審に思った音羽は、周囲を念入りに確認してみた。
 しかし、飲んだくれた酔っ払いの姿以外は目に入らなかった。音羽とて有力な武将の一人である。誰かが隠れていて気がつかないという事態はありえない。並みの相手なら目を瞑っていても、気配を察知することができるのだから――
(……あ、そういうことか。並みの相手なんかより遥かに格上の相手がやっているんだ)
 と、そこで気がつく。
 喉につかえていたものが取れる感覚。音羽はようやく現状を理解した。
 納得してしまえば状況は本当に簡単なものだった。何と言うことではない。
 だから音羽は警戒を解いて、即座に取るべき行動をとった。
 寝ている九峪の顔を持ち上げて、その顔へと自分の唇を近づけていく。感じる視線が苛烈になった。
 だが、気にすることなく閉じられた九峪の唇を自分へと近づける。物理的な貫通力をもつほどに視線の鋭さが増していった。
 そして。
 視線の強さが臨界点を迎える寸前。まさに絶妙なその瞬間。
 音羽は俊敏に顔を起こして、天井を見上げながら言い放った。
「素面の時にわたしがこんなことをしたら、九峪様はどうすると思う? ――ねえ、清瑞」
 がたんっ。と、足を踏み外したような音が聞こえた。
 天井の梁の上。珍しく狼狽したような気配を見せた仲間が、音羽は無性におかしかった。


    /


「な、何を言っている。そ、そして九峪に何をしている」
 すたんと音も立てずに床に着地した清瑞は、面白いぐらいに声をどもらせながら音羽を睨んだ。
 そのハスキーな声色と台詞のギャップに、耐え切れず音羽は少しだけ吹き出してしまった。眠る九峪を起こさないように、口元に手を当てながら笑う。
 それを侮辱とでも受け取ったのか、清瑞の鋭い視線が硬質化した。
「もう一度言うぞ、何をしている」
「さあ。見ての通り以上の言葉は言えないけど」
 内心で、面白いことになってきたと思いながらしらばっくれる。
 音羽は、影で日向で“鋼鉄の女”と揶揄される清瑞のことが嫌いではなかった。むしろ好んでさえいた。無表情、無感情に見えて、意外と口数多く激しやすい性格や、時々隠し切れずに覗かせる慌てたような仕草は音羽にとってツボだった。
 そしてそのツボが同時に顔を出してきたので嬉しくなった。
 九峪様の近くにいると、仲間の知らなかった一面が色々と解るから面白いな。
 事態の推移を歓迎しながらも、それを顔にはおくびにも出さずに音羽は清瑞を見た。僅かに混乱しているのか、いつもの鉄面皮ではなかった。幾ばくかの感情が見て取れる。そこまで余裕はなさそうだった。
 知らず口元が藤那のように歪む。
「逆に聞くけど、清瑞は、わたしが何をすると思ったの?」
 酒は理性という抑制を外させることで人を狡猾にする。その良い例が藤那様だな。うん。
 どうにも無口な同僚に対して嗜虐心が湧いてきた音羽は、そう考えることで自己の正当化を図りながら嫌らしい笑みを口元に浮かべた。
 その笑みを見た清瑞は、何か在り得ない存在とでも遭遇してしまったかのように目を見開かせた。ぎょっとしながら警戒したように一歩、後ずさる。
 膝の上に九峪を寝かせた体勢のままに、音羽はその様子を眺めていた。そして思う。これは閑谷君をいじめる藤那様の気持ちが、少しだけ理解できたかもしれない。